今回のゲストも、ファクトチェックを自ら手掛けるとともに、ファクトチェックの普及・推進にも務めてきた楊井人文(やない・ひとふみ)さん。 私たちがデマや不正確なニュースなどにだまされないためにはどうすればいいのか。 楊井さんは「SNSの時代になって、昔は影響力を持たなかった本無名な人たちのつぶやきさえ、一瞬で世界に広がるようになった。新しい技術によって、こういう現象が生まれた」とその背景を説明した上で、「不安だとか、憤りだとか、敵対心とか、そういったものが原動力になって、そういった情報が広がりやすい。これは昔も今も変わらない」と話す。 「人間の不安とか、怒りの感情を煽るようなものには、特に注意が必要」だ。 ネット上に溢れるデマや怪しい情報をファクトチェックで防ぐことはできるのか? 楊井さんは「社会的な影響力、特に負の影響を及ぼす恐れの高いもは優先的にピックアップしてチェックするしかないが、現実にはファクトチェック団体、ファクトチェッカーのリソースは限られている。そして、難しいものよりも簡単、比較的やりやすいものを選んでチェックする傾向もある」と限界を認める。 怪しい情報には近づかない、拡散しないということを各人が肝に銘ずるべきという意見もあるが、楊井さんは「人間はコミュニケーションが大好き。SNSのビジネスモデルには情報を拡散させる工夫も織り込まれている。SNSのビジネスモデルはそれをいかに拡散させるかで、成田ビジネスとして成り立たせた面があって、安易に書き込みを信じるなと言っても、人は自分が信じている人、親しみを持っている人の情報は、信じてしまうもの」と「初めから疑ってかかる」ことの限界を感じている。 一方で楊井さんは「ただ拡散しないという消極的な態度もだけではなくて、ちょっとこれは事実と違うのではないですかと積極的にいうことも必要」という。 旧Twitter(X)はコミュニティノートというツールも用意している。「メディアやファクトチェック団体への情報提供も一つの方法だと思う」(楊井さん)。 しかし、異議を唱えたりすると攻撃される心配はないのか? 「Xのコミュニティノートは、指摘した人が攻撃を受けないように、ノートのメンバーは匿名で怪しいツイートに対して、異議を申し立てられる」(楊井さん)。 コミュニティノートに書かれたことに意義を唱えるノートもあり、匿名同士の泥仕合になることも。しかし、楊井さんは「冷静に議論を行うのであれば、大事な場」とみる。 楊井さんは「既存の伝統的なメディアの役割は大きい」と話す。「テレビや新聞も疑わしいところもあるが、情報のベースにはなる。そこでリテラシーを身につけた上で、ネット情報の海に入らないと、溺れてしまう。伝統のメディアはもっと信頼され、重要なのだと気づいてもらうべきで、だからこそ伝統メディアはきちんと情報を伝えることが必要」と伝統メディアの役割を強調する。 「ジャーナリズムをもっと強くしなければならない、というのが大元にある。ジャーナリズムがきちんと機能するかどうかで、社会は大きく変わる、それだけ責任も大きい」「特にコロナ禍では、全体主義的な空気に包まれ、メディアや専門家の言説に社会が支配され、検証ジャーナリズムがあまりにも機能していないと感じることが多かった。言説中心型ファクトチェックの枠をを超えて、独自の調査、データ分析、法的視点からの検証にもとりくんできた」(楊井さん)。 「コロナ禍では、メディアもファクトチェックも機能不全に陥っていた」と楊井さんはみている。「いろいろなものを、モグラたたきのように調べてはいたが、本質的なところを、きちんと検証できていたのか疑問」という。 そんな中で、個別の言説・情報に焦点を当ててその内容が正確かどうかを検証する「言説中心型ファクトチェック」が現在の主流だが、議論のある現実の問題にフォーカスを当てて人々の理解に役立つ事実を検証する「問題中心型ファクトチェック」も提唱されている。「まだやっているところはあまりないが」...