• 田舎坊主の七転八倒<坊主も山行きするんです>

  • Aug 22 2024
  • Length: 10 mins
  • Podcast

田舎坊主の七転八倒<坊主も山行きするんです>

  • Summary

  • 私が葬式で導師をつとめるようになってまもなくのころのおはなしです。

    現在のようなセレモシーホールなどで通夜、葬式をつとめ、出棺は自動車で火葬場へ行くというものに比べれば、昔はかなり丁寧な葬送の儀式であったように思います。

    私のいた村では平成5年ころまで、葬式はすべて自宅で行われていました。そして「野辺の送り」でそれぞれ役割の仏具を持ち、葬列を組んで墓地までいくのです。

    その前には、「山行き」とよばれる墓の穴を掘る役の人が町内会から当番で選ばれ、彼らが朝早くから掘った幅60センチ、長さ200センチ、深さ160センチの埋葬地で土葬前の供養をつとめるというのが普通のお葬式の形でした。

    かつての野辺の送りには、命の限りや生き方などを見つめさせる深い意味がありました。

    出棺する少し前から一番鐘、二番鐘、三番鐘と大きな鉦鼓が当家の玄関先で鳴らされます。遠くにいる人たちにも、もうすぐ出棺が近いことを知らせるのです。そのあと最後の別れを済ませたあと生前使用していた茶碗が割られ、もうここでは食事をする場所がないことを死者に知らせます。

    そして最後に棺を庭に出して右回りに三回まわり、この家にはもう戻れないことを死者に悟らせるのです。葬列には先ほどの鉦鼓のほかに大きな銅鑼も鳴らし、故人の葬送を地区の人たち全員に知らせます。高く掲げられた四本幡には「諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅為楽」と書かれていて、「すべての存在は無常で移り変わるものです。そのことがわかれば苦を超えた平安が得られます」と教えています。

    この野辺の送りは故人のためだけのセレモニーではなかったのです。

    いま元気に畑で農作業をしている人々にも多くのメッセージを送っているのです。

    今日亡くなったのはあの人でも、あすはあなたが棺に入るかもしれないのですよ、と無常を悟らせ、いま元気に働けることを感謝しながら一日一日を大事に生きることを気づかせてくれるのです。

     けんかしたままの人はいませんか? お礼を言えていない人はいませんか? 受けたご恩にお返しはしましたか? 今できることは今しておきましょう、と。

    私たちは急に命を落とすという現実を毎日のようにニュースなどで接しているにもかかわらず、なかなか自分のこととは思えないものです。そんなとき、この野辺の送りが教えてくれているのは、命の限りであり生き方ではないでしょうか。

    ちなみに私も「山行き」の役をつとめたことがあります。

    町内会の順番とあって当然のつきあいとして役をいただいたのですが、坊主が墓の穴掘りをするという絵面はあまり見せられたものではありません。山行き当番は二人で、朝早くからその当家の墓地へ行き、喪主から埋葬場所を指示してもらったあと穴を掘ります。棺より一回り大きい穴を掘るため相当時間がかかりますが、もちろん葬式が始まるまでには掘り終わらなければなりません。休憩所では山行きさん用に風呂が沸かされ、穴掘りが終わると、入浴というか沐浴をすることができ、あとは埋葬まで休むことができます。

    しかし、私は引導を渡す導師でもあります。風呂に入るやいなや法衣に着替え葬式をしなければなりません。野辺の送りを済ませ、土葬前の供養が終わると今度はすぐさま葬列の方々の前で法衣を脱ぎ捨て作業着に着替えます。下駄を放り投げ長靴に履き替え、数珠をスコップに持ち替えて棺を埋めなければならないわけです。このようすを見ていた参列者のひとりの「坊さんに山行きさせたらあかんでえ」という言葉を聞いたのは、私ひとりではなかったようです。

    その後、田舎坊主に山行きの役が回ってくることはありませんでした。

    いまは野辺の送りも土葬という風習もなくなってしまいました。唯一、残っているのは、出棺時、かつての三番鐘の代わりとして鳴らされる霊柩車のクラクションと、半紙に包まれたお茶碗を割ることぐらいではないでしょうか。

    合掌

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